IT活用インタビュー
 
データの消失をきっかけに
SDDサポートサービス導入


−見えないリスク・コストを強く意識−
レーザマシンFOL-3015NTによるブランク加工。歩留り良くネスティングされた後のスケルトン
株式会社ヒラサワ
代表取締役会長 平澤義一
代表取締役社長 平澤義春
住所 栃木県下都賀郡野木町友沼
1340
TEL 0280-55-0116
設立 1967年(1961年創業)
従業員数 30名
業種 家電・冷凍機器・建材・通信機器向け部品の板金・プレス加工
URL http://www.y-hirasawa.jp/
   
会社経歴

1961年平澤義男前社長が個人で厨房関係の溶接加工、レジスターの板金加工を主とする平沢ステンレスを創業。1967年、(有)平沢板金工業所を設立し、設備を増強しつつ家電・通信機器、住宅関連などへと業容を拡大。
2004年、平澤義男氏が相談役に退き、長男の平澤義一氏が会長に、次男の義春氏が社長に就任した。


主要設備
レーザマシンFOL-3015NT + LST-3015FOL、パンチングマシン EM-2510NT、PEGA-345+MP-1224NC、板金ネットワークサーバー ASIS100PCL(SDD)、2次元 CAD/CAM AP100、ブランク加工データ作成全自動CAM Dr.ABE_Blank、曲げ加工 データ作成全自動CAM Dr.ABE_Bend
 
 大規模量産型から小規模多品種少量型へ

▲平澤義一会長(右)と平澤義春社長(左)

▲(株)ヒラサワ 工場外観
 「少数精鋭で高付加価値のモノを手がけていく。それが当社のスタンスです」と平澤義春社長は語り始めた。「1997年頃、前社長は『量産モノに未来はない。これからは多品種少量生産・オーダー対応でないと、量産品はやっても利益を上げられる仕事はなくなる。付加価値のある仕事を手がけていかないと企業の存続は難しい』と考え、設備の抜本的な見直しを行い、溶接工場を建設するなど、工場レイアウトも大幅に変更しました」。

 1961年の創業当初、同社は厨房関係の溶接加工やレジスターなどを手づくり板金で製作。その後、1971年に設備を増設し、プレス、シャーリングマシン、ニブリングマシンなどを導入し、住宅関連機器を手がけるようになった。それ以後は一貫して“量産”を前提とした拡大戦略を採ってきた。1978年にはプレス自動機を導入して家電製品の加工を手がけるようになり、その後もプレスロボット、自働供給装置付きのパンチングマシン、長尺(4m)加工に対ムなどを導入していった。

 「1997年頃の方針転換が節目でした。低価格の量産品は海外に出ていってしまい、下請けのサプライヤーは従業員を多く抱えるような規模でやっていけるような時代ではなくなります。1次下請け企業の中には、価格が合わなくても量産品を社内に持ち込まないと工数が埋まらない、その反面、コスト対応ができないと利益が出ず食べていけない、といった様々な問題が出ています。そういう意味でも少数精鋭で高付加価値の仕事を手がけていくことが勝ち抜く道だろうと考えました。その結果として、設備の差こそありますが、創業した頃の業態に戻りつつあるのかな、と思っています」。

 主要得意先10社―売上の平準化を実現

▲ASIS100PCL(SDD、左)と今回導入したSDDサポートサービスの「SDDサポートBOX」(右)
 現在、社員は30名。数モノの補助作業・間接工数を行うスタッフはほとんどいない。得意先は約20社、そのうち主要な得意先が半数の10社にのぼる。業種は建材関連、冷凍ショーケース関連、電磁弁(バルブ)関連、住宅設備・工場設備、家電など、総合的には建築関連の業種が多い。

 「業種は多ければ多いほど良い。お客さまの数はできるだけ多くして、1社あたりの売上比率は10〜20%程度が理想的です。リーマンショックのような構造変化による市場全体の収縮というようなことが起こらない限り、どこかが悪くても、どこかが良かったりする。得意先が1〜2社しかないのでは、1社が工場を移せばそれで手詰まりになってしまいます」。

 リピート率は約60%で、新規品の割合は約40%となっている。

 「現在は、低価格・量産の仕事は海外に流出、日本に残っている仕事は短納期化・低価格化の傾向が顕著です。経営的に見れば、リピート品が定期的に流れていくのが理想的ですが、量産の仕事はおのずと価格が下がっていき、熾烈な価格競争で体力を削られていく。そうすると、海外でつくっていたら間に合わない仕事、当社でしかできない仕事を優先してやっていくしかない。新規品の割合が高めなのは、そうした意識で取り組んできた成果です」。

 5人の営業がプログラマを兼務

▲得意先からは紙図面で受け取り、AP100を使って面出し・面合成で展開を行う

▲Dr.ABE_Blankが自動で材質・板厚別に最適ネスティングを行い、SDDに書き込む
 材料は鉄が50%、ステンレスが40%、アルミ・その他が10%。板厚は0.6〜3.0oが多い。

 全社的な生産管理システムはなく、5人の営業兼プログラマが、Excelなどを駆使して得意先ごとの特徴に合った管理方法を個別に管理している。全体の受注量・受注状況などについては、週に1回、営業と製造が集まって会議を行って確認し合い、話し合いの中で今後の生産見通しを立てていく。

 発注元から受け取る製品データは図面が多く、AP100を使って面出し・面合成により展開図を作成し、SDDに保存する。プログラムを担当するのは前記した5人の営業兼プログラマ。

 「自分で取ってきた仕事は自分で展開する、というのが原則です。短納期化が進んでいるので、図面をデータでもらえれば助かるのですが、物件対応の案件は守秘義務が求められるため、お客さまからは図面でしか出せないと言われます。また、設計変更などではデータを直さずに図面に変更寸法が記入されている場合もあって、データだけに頼ると不良の原因になります。あくまでも出図された図面に忠実に展開しなければいけません。しかし、お客さまから受け取ったデータを図面と見比べて検品しなければならないのであれば、今のところは初めから図面入力で展開した方が安心できる」。

 データの重要性を強く意識

▲SDDに新規データが書き込まれるとDr.ABE_Bendがバッチで読み込み、曲げ加工データを再度SDDに書き込む
 SDDに保管された展開図データは、今年導入されたばかりのDr.ABE_Bendがバッチで読み込み、曲げ加工データを自動作成。曲げ加工データ作成の外段取り化が実現されている。

 「多品種少量化・短納期化・低コスト化が進み、現場の金型段取り・プログラム工程の負荷は増す一方にもかかわらず、ほとんどの場合、その工数を価格に転嫁することができません。そうすると、どれだけ工数をかけずにプログラムできるかが課題になります」。

 「今、当社が取り組まなくてはならないことは、まず標準化されたルールに沿って作成されたデータを蓄積すること。次に、蓄積したデータを活用していくことです。現在、私と兄(平澤義一会長)を含めた8人の経営陣が抱えている課題は、経営判断をする上で必要な情報が不足していること、当社がどういう状況に置かれているのかが即座に分かる状態になっていないことです。現在はきめ細かい経営判断が求められ、大雑把な情報だけで今後の方針を決めることはできません」。

 同社は、変化する環境に対応するためにはASIS100PCL(SDD)に保管された展開図データやCAMデータを積極的に活用していこうと考えているが、SDDに保管されているデータの保護・セキュリティ対策が課題として浮かんできた。

 SDDサポートサービスの導入

▲曲げ線入りの展開図から立体姿図を表示・確認する
 SDDサポートサービスを導入したのは、データの重要性に対する意識が高まり始めた頃にデータの消失を経験したことがきっかけだった。

 「今年初め、AP100のハードディスクが故障してしまい、保存されていたデータがすべて消えてしまいました。当社もデータのバックアップは取っていたのですが、気が向いた時、思い出した時にしか取っていなかったというのが実態で、結局、直近の2カ月間に作成したデータは回収できませんでした。たまたま、消失したデータ数が少なくて良かったようなものの、これが膨大な数で、それが原因で納期に支障をきたすような事態になれば、当社の信用に関わります。また、当地は雷の多い地域なので、落雷時にコンセントから侵入する雷サージでデータが消えてしまうのではといつもビクビクしてしまう。そうした不安を一掃してくれるサービスを提供してもらえるなら、活用しない手はないと考えました」。

 見えないリスク・見えないコストを意識

▲ブランク工程の主力、パンチングマシンEM-2510NTで保護シートを貼られた材料を加工する
 昨年まではAP100がインストールされているPCにデータサーバー機能を持たせていたが、SDDサポートサービスの運用に際して、今年9月に板金ネットワークサーバーASIS100PCL(SDD)も併せて導入し、サーバー/クライアント型のネットワーク構成に変更した。

 「私を含め、当社の本業はモノづくりですから、スタッフも全体的にIT関係には疎い。設備面でも、こうした間接的な付帯業務は軽視されがちです。しかし、直接的な数字としては見えないだけで、中長期的に見れば、付帯業務やインフラの不備によって目に見えないリスクにさらされ続け、目に見えないコストで利益を削られ続けている。ですから、SDDサポートサービスのようにITの専門家の目から見て、提案をいただけると非常に助かります。そういう風に思っている企業は、決して当社だけではないでしょう」

 少数精鋭を志向
 将来の目標について尋ねると平澤社長は、「当社が目指すのは、『お客さまに選んでもらえる少数精鋭の下請け』。何か仕事を頼みたい時に、下請けの中から最初にパッと思い浮かぶ会社です。来年、当社は創業50周年を迎えます。これからも1世紀、2世紀と会社を受け継いでいって、規模は小さくても従業員が余裕のある暮らしをできれば言うことはありません」と語った。

 
その他の記事 Sheetmetal&digital-bankin.com はこちらからご覧下さい。