著名者インタビュー
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2004/1-2
拡大局面は続くか
〜2004年の経済見通し〜


野村総合研究所 経済研究部 日本経済研究室長
木内 登英氏
早稲田大学政治経済学部経済学科卒。1987年野村総合研究所に入社。経済調査部にて日本経済の研究に従事。その後、欧州経済や米国経済の担当としてドイツ、米国への出向を経て2002年より現職に。
 拡大局面は続くか 〜2004年の経済見通し〜
 リストラ効果も出て業績が好転する企業が相次ぐなか、足下の景気は上昇機運に乗り、日本経済も大きく息を吹き返しつつあります。政府の成長率見通しでは9月に公表した内閣府試算で03年度実質2.1%、名目0.1%。その後発表された7−9月期の実質成長が0.6%と堅調だったため、残り2四半期がゼロ成長でも通期では2.2%となり、見通し達成はほぼ確実な状況です。経済協力開発機構が最近発表した日本の03年の実質成長率も昨年4月の前回予想を上方修正して2.7%となっています。

 日本経済が元気を取り戻してきた大きな理由は設備投資の活発化です。今年に入ってからも引き続き堅調に推移するとの見方が圧倒的で、米国経済の持ち直しで輸出増も見込まれるため、景気拡大局面はしばらく続く可能性は高い。ただ、年度後半については米国景気のスローダウンや円高による輸出鈍化に加え、企業のリストラ効果が落ちて設備投資も頭打ちになると予想、拡大のスピードは鈍ると判断する向きは多いようです。

 そこで今回は景気拡大局面はいつまで続くのか、力強い日本経済は戻ってくるのか、今後の経済見通しについて、野村総合研究所経済研究部日本経済研究室長の木内登英氏に語ってもらうことにしました。

 輸出主導で景気回復
 昨年の春先以降、景気回復への動きが顕著になってきています。予想していたよりも速いペースのため、ここ数カ月、従来見通しの上方修正を行っている状況です。この好景気は今年以降もしばらくは続くものと思われます。年度予測としては実質成長で03年度は2.9%、04年度は2.2%と見ています。

 循環的側面と構造的側面とに分けてその根拠を説明していくことにしましょう。まず循環的側面としては著しい輸出回復が上げられます。輸出回復については02年にはすでに上向きに転じていたのですが、成長のエンジンである設備投資に火がつかなかったために、景気を浮揚させるにはいま一つ力強さに欠けたのです。デフレ経済下では輸出主導で設備投資が活発化していく傾向が強いのですが、この時期、テロやイラク戦争への不安、株価の低迷、SARSの猛威などマイナス材料があまりにも多かった。企業も設備投資に慎重な態度をとらざるを得なかったわけです。

 ところが03年の春先以降、不安要因が急速に薄れていったため、企業も設備投資への動きを一気に加速させていくようになります。必要な更新投資も含めて抑えすぎていた反動もあったのでしょう。その流れは鮮明なものとなって表面化、景気を大きく好転させる原動力となっていったのです。現状でも輸出に引っ張られる形で設備投資の勢いはより増している状況で、当分は景気拡大は続いていくと思われます。

 輸出主導の回復局面という点からすれば、依然として米国の影響力は大きく、その恩恵に浴していることは紛れもない事実です。確かに中国を中心とするアジア向け輸出はすでに米国を上回っている状況ですが、日本景気への影響力からすればまだまだ弱い。対米向け輸出の中継基地との性格が色濃いからです。

 例えば中国向け輸出の80%は部品や原材料であることに着目しても明らかでしょう。その意味では対アジア向け輸出の増加は米国の存在抜きでは考えられないのです。実際にも日本の景気は中国よりも米国の景気との連関性が強い。したがって日本の景気拡大は米国頼みという構図には変わりないといえるのです。

 過剰問題も徐々に解消
 一方、構造的側面はどうかといえば、これも改善の方向に向かっているのは間違いありません。構造問題の解消がより重要な景気回復の原動力とすれば、きわめて歓迎すべき動きです。特筆したいのは企業の収益性が戻ってきていることでしょう。大企業・製造業の売上高経常利益率で見てみると、90年代初頭の水準まで盛り返してきているのです。

 企業は不況が続いてきたために一貫して人件費を抑制してきたわけですが、当然ながらこれは消費にとっては好ましくない。結果的に企業収益にとってもマイナスに働くこととなり、この悪循環をバブル崩壊以降、繰り返してきたのです。ところがここ数年、人件費を抑えても消費に影響しなくなってきました。そこに消費構造の明らかな変化が見て取れるのです。

 背景としてはデフレすなわち物価下落が長く続いたことが大きい。物価下落は家計が保有する金融資産の実質的価値を高めることになります。その結果、貯蓄意欲が減退し、消費活動を刺激するようになるわけです。いわゆる資産効果が生み出す構造変化です。実際、このところ貯蓄率が急速に低下し、個人消費が活発化してきています。特に金融資産をより多く保有している高齢世代においてこの傾向が際立ってきているのです。

 これにより、人件費を抑制しても消費は安定的に推移し、結果的に企業の収益性を押し上げる要因となりました。勢い、設備投資にも金が回るという善循環構造が形成されるようになっていったのです。

 設備投資は相変わらず輸出との連関性が強いのは事実ですが、この構造的変化が後押しする側面も強まってきたのも確かです。したがってこの先輸出が多少とも勢いに欠けても、設備投資は極端には落ち込まず、一定の歯止めがかかることが期待できるようになったといえるでしょう。その点では過去に経験したようなマイナス成長に大きくぶれるリスクは少なくなってきたと判断してもいいかも知れません。

 構造的な変化からすれば、収益改善の影響で企業の三つの過剰問題(設備、雇用、債務)も最悪期を脱し、徐々に解消しつつあるというのも注目すべきでしょう。特に過剰債務については企業規模によりバラつきはあるものの、状況は総じて好転してきているのは間違いのないところです。

 今年後半には失速懸念
 ただ、過剰問題は順調に改善されてきているとはいえ、完全に解消するにはいまだなお多くの時間を要するのは明らかです。したがって日本経済が一気にデフレ脱却に向かう可能性は低く、当面は循環的な側面からの回復力により大きく依存せざるを得ないといえるでしょう。その点では景気拡大への期待はますます米国頼みの色彩が濃くなってくるともいえるわけです。

 その米国ですが、景気は今春までは循環的回復局面が続くものと思われます。減税効果が大きいからです。しかしながらそれ以降は全く不透明。大統領選に突入し、政治の空白期が生じることを考えれば、半ばからは回復力のペースダウン、成長の鈍化は避けられないといえるでしょう。

 日本の景気もこれに連動していくのは間違いないでしょう。すなわち輸出・設備投資が牽引する形で今年前半までは順調に推移していくものの、後半に入ってくると失速に転じる可能性が大きいというわけです。

 根拠はほかにもあります。製造業では昨年から交易条件(製品販売価格÷仕入れ価格)の悪化が目立ってきています。すなわち、製品の販売価格よりも材料・部品など仕入れ価格の上昇率が高くなり、企業の収益を圧迫している状況が現出しているのです。デフレ下では交易条件の変化が平均で5四半期後の生産サイクルに影響を及ぼす傾向が見られます。この動きが今年後半の輸出減速の時期にぶつかって生産活動への下向き圧力として働く可能性も否定できないというわけです。

 また経験則的な立場から言及すれば、02年初めに景気が底を打ってからすでに22カ月も経過していることも着目すべきでしょう。戦後の景気拡張期の平均期間が33カ月であることを考えれば、すでに景気拡大は中間点を過ぎた可能性があるからです。こうしたことからも景気回復力は今年後半以降に弱まっていくことが十分考えられます。日本経済にとって一つの正念場になるのではないでしょうか。

 米国頼みの構造を転換
 やや中長期的観点からすれば、やがて構造的な回復力も強まって日本経済は本格的に安定軌道に乗っていくものと期待したいところです。例えば03年度並みの3%ほどの成長が続けば、07年頃には達成可能となります。

 資産効果による貯蓄率低下はまだ当面は続き、消費活動も安定推移していくと予想されますが、牽引役としてそれでは弱い。デフレ脱却過程における単なる場つなぎにすぎません。理想的なのはやはり新たなマーケット創出による内需拡大の力強い動きでしょう。

 一方、米国だけが頼みの綱の輸出構造も転換していく必要があります。当然、中国のウエイトを高めるべきでしょう。生産拠点としてばかりではなく、市場としての認識を広め、消費財の輸出を増やすことを考えるべきなのです。高い成長率を背景に高所得者も増加しており、豊かな消費市場が形成されつつあるのは周知のとおり。実際にも自動車やデジタル家電など高価な日本製品への購買力も確実に高まってきているのです。

 ただ、中国の場合は通貨問題が大きいといえます。現状では元が相対的に安すぎるために日本にとっては輸出する旨味が少ないのは明らか。したがって元が適正なレートに引き上げられることが前提となりますが、これもすぐに実現するわけではなく、かなり時間を要する問題です。とはいえ、日本経済の足腰を強化するには避けては通れない道。いずれはこうした問題を解決して安定した経済成長へとつなげていくことが肝心です。