著名者インタビュー
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2005/7-8
幼少時のモノづくりの感動が
未来のテクノロジストを生む


ものつくり大学 野村東太学長

1930年東京都生まれ。東京大学建築学科、同大学院卒業後、横浜国立大学に。同大教授・学生部長・工学部長・学長を経て、2001年現職就任。専門は建築計画・建築設計、特に医療福祉施設・博物館・給食施設など。日本建築学会論文賞、横浜文化賞など受賞。

 幼少時のモノづくりの感動が未来のテクノロジストを生む

 日本全体で“ヒトづくり”の機運が高まる一方、若者の製造業離れが止まらない。なぜ若者はモノづくりを避けるのか。長年、教育の現場で若者を間近に見続けてきた、ものつくり大学の野村東太学長は、その原因として子どもの頃からの環境をあげる。問題は根深いが、これを解決せずして、製造業の未来は開けてこない。今回は野村学長に、アマダスクールの後藤保夫常務理事が「若者とモノづくり」、「ものつくり大学の目指すヒトづくり」などについてお聞きした。

 若者の製造業離れの最大原因はモノをつくる感動体験の欠如
―― 若者のモノづくり離れが止まりません。なぜ若者はモノづくりに背を向けるのでしょうか。

野村 一番の大きな原因は、モノづくりが見えないということです。いまの若者は子どもの頃から日常生活の場でモノづくりの現場が身近になく、日頃はモノづくりの様子がほとんど見えません。したがってモノづくりに興味をもったり、体験したり、感動する機会が、まったくといえるほどありません。昔の子どもは竹とんぼや竹馬、凧または模型飛行機など、モノをつくって遊ぶことをしていましたが、いまは塾通いやTVゲームに時間を潰して、「モノをつくる楽しさや喜び、感動」をほとんど体験しなくなりました。モノづくりの源となる動機は、「モノに触れて感動すること」ですが、残念なことにいまの若者は子どもの頃からモノづくりを体感する機会がまったくないのです。

―― モノづくり離れというより、モノづくりに対する意識そのものが育まれてこなかったという方が適切ですね。

野村 人間は感動しなければ何ごとにも動きません。もちろん人間は利害で動くことがありますが、命をかけて自分の一生の仕事をやろうというときには、そのモチベーションとなるのはやはり感動です。その感動する機会がないということが、若者のモノづくり離れの大きな原因となってきます。

 テクノロジストに感性と倫理は不可欠
―― モノづくりの感動を体験するにはやはり学校の存在が大きいはずです。

野村 それも子どもの頃からの学校教育が絶対に重要です。本当は大学からではすでに遅すぎなのです。小学校における工作の大切さ、つまりモノに直に触れ、手や体を通してモノづくりの感動を覚え、そこから実践的な意欲や創意工夫する能力、さらに美的情操の源となる工作の大切さを、再認識する必要があります。

―― それではものつくり大学はどのような教育をされていますか。

野村 まず新入生に行うのがF(フレッシュマン)ゼミです。製造技能工芸学科の場合、20人ずつのチームを組み、全長4.5mのカヌーを製作し、実際に川や湖に浮かべて競漕します。自分たちでアイデアを出し、図面を描き、模型をつくり、実験を行いながら、カヌーを完成させていきます。ここでの目的は学生にモノづくりの楽しさを体感してもらいつつ、モノづくりの基本を学ぶことです。またFゼミを通して共同作業の体験やチームワークも醸成されていきます。

―― ものつくり大学では、モノづくりのプロである“テクノロジスト”の育成を標榜しています。具体的にはどのような人材像ですか。

野村 モノづくりは何よりも第一に、モノに触れてその命を感じとり、実際にモノをつくって、そこに命を吹き込むような体験をすることが、きわめて大切です。このため、実際の素材を手にして何かをつくる基本的な技能と“モノづくり魂”の体得が不可欠になります。ただ今後ますます激化が予想される国際競争社会では、技能とモノづくり魂は基本的な必要条件となりますが、十分条件ではありません。そこで、“基本的な技能に科学技術を加味し、経験的でかつ個人的・感覚的な技能に加えて普遍性や汎用性のあるものに広げていける能力”、“需要者のニーズに応え製品化・商品化を考えられる能力”、さらに“マネジメント能力”の習得を目指していきます。これが本校の目指すテクノロジストの概念です。ところで、私はテクノロジストに最後に感性と倫理を加えることが不可欠だと考えます。なぜなら、時代を切り開く新しい発見や発明、展開は調査や分析では決して生まれず、最後の障壁を飛び越えられるのは、感性による飛躍力だからです。普段から直感や発想の感性を養っておく必要があります。また今はモノによっては地球環境を害するなど、悪いモノづくりも出てきました。これからはモノの使われ方まで判断して、悪い結果を生むモノはつくらないという倫理的な責任がより求められてくるでしょう。

―― モノづくりを支えるヒトづくりにはもっと産学の連携が必要です。

野村 本校の特長の1つが長期間に及ぶインターンシップです。製造技能工芸学科では3年次と4年次の2回に分けて計6カ月、企業で実務を経験します。インターンシップを通して、学生は自分の向き不向きや興味のある分野を再認識し、就職に対する意識が一層強まっていきます。一方企業は一緒に仕事をすることで面接のみの採用に比べて、より意欲の高い人材の確保が可能になるはずです。またインターンシップ期間中、学生が社内を活性化してくれたという評価もいただきました。これからは産業界と大学がいま以上に交流を進め、協力しあって、産学一体となってモノづくりを支えるヒトづくりに取り組むことが必要です。

 顧客志向時代は中小企業に有利
―― 最後にこれからの時代のモノづくりと中小製造業について、展望をお聞かせください。

野村 これからの先進国はカスタマイゼーションの時代になるでしょう。要するに、モノを生産する供給者側の論理ではなく、カスタマー(顧客)といわれる実際に使う人、つまり需要をもとにモノをつくることが肝要になります。需要者一人ひとりの個性や特質、その人のほしいと思う機能に合わせて、即座につくり即刻納品することが重要なのです。

―― ますます多品種少量生産が求められるということですね。

野村 多品種少量かつ短期生産です。しかも多様な顧客ニーズの変化は激しい。しかしこれは大企業よりも中小企業に有利に働くと考えています。それは中小企業の特長である機動性や柔軟性が活かされるからです。中小企業は意思決定や行動が速く、顧客ニーズにはきめ細かい対応をしてきました。さらに最近のNC機械は汎用性があって小型化し、小回りがききます。このため従来多額の設備投資をして大企業しかできなかったものが、中小企業でもできるようになってきた。また今後ヒューマノイド・ロボットが普及してくると、中小企業は一層さまざまな即応ができてくるでしょう。顧客ニーズをつかみ、最新設備を活用すれば中小企業は大企業以上に活躍できる時代がやってくる、私はそう確信しています。