著名者インタビュー
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 2003/3-4
企業管理者のための失敗学
〜失敗に学ぶ重要性〜


特定非営利活動法人失敗学会 副会長
飯野 謙次氏
1959年生まれ。84年東京大学大学院卒業後渡米。 ゼネラル・エレクトリックで4年間原子力発電の仕事に従事したのち復学し、92年スタンフォード大学で博士号取得。 その後、日系企業数社の勤務を経て独立。 2000年「SYDROSE LP」を設立し、現在、技術翻訳、コンサルテーション、ウェブDB開発などに力を注ぐ。 02年に特定非営利活動法人失敗学会副会長に就任。工学博士。  
 企業管理者のための失敗学 〜失敗に学ぶ重要性〜
 人間の行動には失敗はつきもので、世の中から失敗がなくなるということはあり得ません。「失敗は成功のもと」「失敗は成功の母」という至言も残されているとおり、失敗してもこれを反省して欠点を改めていけば、必ず成功に導くことができるものです。実際にも、人類は失敗を重ねながらそこからより多くのことを学び、新技術や新しいアイデアを生み出し、社会を大きく発展させてきました。

 ところが失敗そのものには「不必要なもの」「人から忌み嫌われるもの」「隠すべきもの」などという負のイメージがつきまとうためか、今日の社会では失敗体験の情報は追放されているのが実状です。語られるのは「こうすればうまくいく」といった類いの成功体験ばかり。本来は成功をもたらす「もと」や「母」であるはずの情報が全く生かされていないというのは非常にもったいない話といえます。

 何よりも恐ろしいのは失敗が語られず、隠されることで次の失敗、さらに大きな失敗という、より致命的な結果が誘発されることです。そうなってしまっては元も子もありません。大切なのはマイナスイメージのつきまとう失敗を忌み嫌わずオープンにするとともに、プラス面に着目して有効利用しようという姿勢にほかなりません。つまり、不必要な失敗や致命的な失敗を避け、人や組織を成長・発展させる新しい知識を学び取っていこうとのスタンスこそが肝要なのです。

 そこで今回は、科学技術の発展に貢献した過去の失敗事例を紹介するとともに、失敗の種類・特徴を解説することで、失敗に学ぶ重要性を考えてみたいと思います。

 

 発展の陰に失敗あり
 人類は歴史上、多くの失敗を繰り返しながら、多くのことを学び、社会を発展させてきました。その失敗体験を一つひとつ挙げていたら枚挙に暇がないといっていいでしょう。例えば機械工学の世界でも技術の進歩に大きく貢献した失敗事例は豊富にあります。代表格の一つとして挙げられるのが次のケースです。

 米国ワシントン州のタコマに従来にはなかった新たな吊橋が完成したのは1940年のこと。当時の米国では長引く不況の影響から社会資本整備や地域振興に大がかりな予算を注ぎ込むことができず、安価に長い橋をつくることができる吊橋技術の登場に人々は多くの期待を寄せていました。ところが、タコマ橋と呼ばれるその橋は完成からわずか4カ月後、秒速わずか19mの横風で呆気なく崩壊してしまいました。

 その頃では最先端とされる技術を投入して建設されたこの橋が簡単に壊れたのは、横風による自励振動という現象が直接の原因でした。自励振動とは風がつくり出す渦によって橋桁が動かされ、これによりさらに新たな振動を生む共振が起こり、揺れが激しくなるというもので、当時は未知の現象でした。

 実はタコマ橋が大きく振動し崩壊するまさにその瞬間は16ミリフィルムに撮影されて残っています。橋の完成直後から関係者が振動が激しいと違和感を訴えていたために、ワシントン大学のグループが現地にカメラを設置して監視を続けていたからです。

 この貴重なデータや実験解析から、当時の人類にとっては未知だった吊橋の自励振動のメカニズムが明らかにされ、その知識は現在の吊橋技術の飛躍的進歩に結びつけられました。その後も研究が進められ、秒速80mの風にも耐えられる日本の明石海峡大橋にもその教訓や技術が生かされているのです。まさしく一つの失敗を直視し、これを飛躍のタネとした結果といえます。

 

 失敗の中に飛躍のタネ
 次の例も機械工学の進歩を促した貴重な失敗です。第二次世界大戦中、米国はリバティー船と呼ばれる1万トン級の輸送船を大量に建造しました。溶接技術を駆使して効率良くつくられた船の数はおよそ4700隻にものぼりましたが、これらの船は就航間もない1942年から1946年にかけて次々と不可思議な破壊事故を起こします。

 具体的には全体の4分の1に相当する約1200隻で、うち230隻は破壊によって沈没もしくは使用不能な状態に陥ったのです。なかには船体が前後まっぷたつになってしまう極端なケースも見られました。事故は北洋で、しかも寒冷期に数多く発生したそうです。

 そこで大規模な調査・研究を行って原因を究明したところ、物理的な問題としては温度が低くなると、材料として使用している鋼自体がもろくなる低温脆弱性が主因であると判断されました。またリバティー船は鋼板を溶接で接合しているため、従来のリベット継ぎ手とは違って亀裂の進行をリベット用にあけた穴の部分で阻止できないことも判明したのです。

 こうした問題は当時の関係者には未知のものでした。したがって多くの関心が寄せられ、材質や加工法などをテーマとした新たな研究が進められたのです。その結果、世界の鋼を使う技術、とりわけ溶接技術は飛躍的に進歩することになりました。

 このとき、失敗を発展に変えることができたポイントは、相次ぐ事故を目の当たりにしたとき、溶接知識が不十分なのだから溶接船は製造すべきではなかったと技術を封印する方向に向かわなかったことです。失敗を真正面から受け止め、そこに秘められていた発展のタネを技術者たちがうまく育てたからこそ、技術の進歩に大きく貢献することとなったといえます。

 

 良い失敗、悪い失敗
 このように失敗は社会の発展、技術の進歩に不可欠なものといえます。ただ失敗にもいろいろあって、無意味な失敗を繰り返していては何の役に立ちません。そのためにも失敗の種類を知ることが大切です。

 失敗には「許される失敗」と「許されない失敗」があります。「良い失敗」「悪い失敗」と置き換えることもできます。

  「良い失敗」とは先に述べたように社会が発展する、あるいは会社や人が成長するうえで必ず経験しておくべき失敗です。未知なるものへのチャレンジがそうで、経験することにより次の成功へとつなげていく貴重な知識が得られるものといえます。

 一方、「悪い失敗」とは経験する必要のない失敗で、何も学ぶことができず、単なる不注意や誤判断などから繰り返される失敗です。これはたとえ個人にしか影響を与えない小さなものでも、明らかに「悪い失敗」といえます。本人にとっては全く意味のない経験で、これを繰り返すことでいたずらに失敗を重ねる悪い癖を身につけることになりかねず、成長をさまたげる元凶となるからです。

 また個人にとって意味のあるものでも、周りに与える悪影響が大きいものならやはり避けるべきでしょう。一人の成長のために、周囲が多大な被害を被るというのはあまりにおかしな話です。得られるメリットとデメリットを比較すれば、デメリットのほうが圧倒的に多く、これも「悪い失敗」に含まれます。

 本来、経験的に学ぶべき「良い失敗」は数として意外と少ないものです。失敗体験から本質的な部分を理解して知識にするには、わずかな自分の経験と他人のいくつかの典型的な失敗体験の情報があれば十分といえます。

 

 10項目の失敗原因
 一つの失敗を活用してそこから何かを学ぶには、失敗を分析して理解する必要もあります。失敗の原因を分類すると、次の10項目に大別することができるでしょう。

@無知‥‥失敗の予防策や解決法が世の中にすでに知られているにもかかわらず、本人の不勉強によって起こす失敗のこと。
A不注意‥‥十分注意していれば問題ないのに、これを怠ったために起こってしまう失敗。
B手順の不順守‥‥決められた約束事を守らなかったために起こる失敗。
C誤判断‥‥状況を正しくとらえなかったり、状況は正しくとらえたものの判断ミスを犯すなどして起こす失敗。
D調査・検討不足‥‥判断する人が当然知っていなければならない知識や情報を持っていない、あるいは十分に検討が行われないために生じる失敗。
E制約条件の変化‥‥天気の変化など始めに想定していた制約条件が時間の経過とともに変わることで起こる失敗。
F企画不良‥‥企画ないし計画そのものに不備があって生じる失敗。
G価値観不良‥‥自分ないし自分の組織の価値観が周りと食い違っていることによって発生する失敗。
H組織運営不良‥‥組織自体がきちんと物事を進めるだけの能力を有していないために誘発される失敗。
I未知‥‥世の中の誰もがその現象とそれに至る原因を知らないために引き起こされる失敗。

 このように分類してみるとIの未知だけが「良い失敗」でほかの9項目は「悪い失敗」に入るといっていいでしょう。また番号が大きくなるにつれ、より高度な判断ミスで、社長など組織のリーダーが起こす失敗の原因だと見ることもできます。

 失敗を次の失敗防止や成功の糧に結びつけていくには、こうした失敗に至った原因や経過などを正しく分析したうえでデータベース化し、誰もが使える知識として活用していくことが重要なポイントといえるでしょう。