著名者インタビュー
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2005/1-2
モノづくりを支える
〜これからの技能者像を探る〜


株式会社三菱総合研究所 主任研究員
中村 肇氏

1965年神奈川県生まれ。早稲田大学大学院理工学研究科修士課程修了後、株式会社三菱総合研究所入社。財団法人電力中央研究所出向を経て、現職。専門は人間工学、社会技術システム。ここ10年来製造業における技能伝承の問題に積極的に取り組み、厚生労働省高度熟練技能活用検討会メンバーなども歴任。

 モノづくりを支える
 〜これからの技能者像を探る〜

 製造業にとって技能の伝承は大きな課題です。特に昨今は「2007年問題」といわれるように、優秀な熟練技能者の高齢化と引退が進みつつあり、技能の伝承が急を要する課題として注目を集めています。どのようにして技能を伝承していくのか。その方法論がよく問われます。しかし、その前にこれから求められる技能者とはどのような存在なのかを明確にする必要があるのではないでしょうか。

 諸外国との競争が激化している中で、求められる技能とは何か。それは日本がこれから進めようとしているオリジナル・オンリーワンの製品を生み出す技能でしょう。今の若手技能者が熟練技能者になるために一番足りないものは何か。それは実は昔の機械体験だったりします。技能者の根本を形成するものを見つけ、それを身につけることが技能の伝承の第一歩です。ここ10年来、技能の伝承について積極的に提言をされている三菱総合研究所の中村氏に、これからの製造業を支える技能者像について語っていただきました。

 “空気”のような存在の技能者
 戦後から高度成長期にかけて、日本の製造現場では優秀な技能者を容易に確保することができました。それゆえに当時の日本では、優秀な技能者はあたかも“どこにでもあるような空気”のような存在と見られ、その重要性が十分に認識されることはありませんでした。しかし、“空気”は欠乏したときに初めて認識されます。技能者も同様です。ここに来て高度成長期に入職した優秀な世代が、高齢化のため製造現場から去りつつあります。そうなって初めて彼ら(あるいは彼らの持つ熟練技能)の重要性に気づき、危機感が高まっているのが現状です。

 厚生労働省の「ものづくりにおける技能の継承と求められる能力に関する調査」を見ても、「自社のものづくり力の継承に危機感を持っている」とした企業は62.9%にもおよんでいます。

「モノづくりは人づくり」。よくいわれる言葉で、私の持論でもあります。しかし、日本のモノづくりを取り巻く環境は大きく変化してきています。それゆえ、これから必要とされる技能者は、これまでとは違ったものとなると思われます。ですので、これからの技能者はどのような技能者であるべきなのかを考えることは、大事なことです。

 今後もアジアを始めとした諸外国との競争は、一層厳しさを増すことは疑いがありません。数年前に見られた雪崩のような中国への生産拠点の移転は収まってくるものの、諸外国のモノづくり力の水準もどんどん向上してきているので、日本のモノづくりは、より「高付加価値のモノづくり」、他にはない「オリジナル・オンリーワンのモノづくり」であることが求められるでしょう。したがってモノづくりを担う技能者が求められる姿も、「高付加価値・オリジナル・オンリーワンのモノづくりに貢献できる技能者」となります。

 求められるのは“考える技能者=技脳者”
 ではどのような技能者が、そうした技能者となりえるのでしょうか?

 もちろんIT化の進展に対応して、コンピューター的知識を持つことも、これからの技能者には必須となるでしょう。あるいは国際化時代に対応して、できれば現地の言葉で、最低限英語で海外とコミュニケートできることも時代の要請です。しかし、いくらITをよく知り、外国語を自由に操れても、“モノづくり”自体を本当によくわかり、その上さらに、モノづくりをより進化させていくにはどうすればいいかを考えられなければ、これからの日本の技能者としては存立しません。この「考える技能者」(自分で考えることができる技能者)が、高付加価値・オリジナル・オンリーワンのモノづくりに貢献する技能者といえるでしょう。「知識のある技能者」ではなく「知恵のある技能者」ということもできます。

 実は、今まさに退職しようとしている世代の日本の技能者は、“考える”ことができた世代です。「ベテラン技能者」「高度熟練技能者」というと、いわゆる「腕」の方が注目されてしまいますが、そこは生産設備のデジタル化等によってそのありようがどんどん変わっており、必ずしも昔ながらの「腕」が受け継がれないといけないとはいい切れません。重要なのは「腕」よりもむしろ「考える」すなわち「脳」の部分です。ある企業の方から「当社では“技能者”ではなく“技脳者”と呼んでいます」と聞きました。日本の技能者はまさに“技脳者”であったのです。

 しかしながら、最近のモノづくり現場を見ると、自動化が進む一方で納期に追いまくられているために、「考える」ことをしなくなってしまっている現場もあるようです。特に問題となるのは、若い人たちに考えることをさせず、単なる「オペレーター」的に扱っている場合です。“考える”ことを許されない技能者は“考える”ことをしなくなります。これでは現場の技能者が持っている暗黙的な知識、すなわち“現場知”は伝承されず、やがてその会社の“現場知”は消滅してしまいます。そうなるとその会社のモノづくりの進化はストップし、競争に生き残っていくことは叶わなくなってしまいます。

 “技脳者”育成に重要性増す基本技能の習得
 では“考える技能者”を育成していくには、どうしたらよいでしょうか?

 そのための方法論として、「基本技能の習得」、すなわち「削る」「研ぐ」「測る」といった基本的感覚・リアリティ(現実感)を習得することを提案します。

「同じ職場のベテラン技能者と自分を比べると、NC機のプログラミングや操作自体では遜色はありません。またある標準的なレベルまでの加工であれば、ベテランの方とはまったく違いはありません。でもそのさらに上、100ではなく110、120を目指そうとすると、どうしてもベテラン技能者と差が出てきてしまいます」

 モノづくり現場でNC機で加工を行う若手技能者と話をすると、よく聞く声です。その差が出てくる理由として彼らは、「ベテラン技能者は汎用機での加工を経験しているのに、自分たちは経験していないから」と指摘します。

 先にも述べたように現在のモノづくりでは、機械化・IT化の急速な流れやコスト削減、納期短縮要求の下で、ともかく「製造する」ことが優先されます。「IT化が進み、昔ながらの技能は使っていない」「外注すればいい」「養成に時間がかかるし、もはや汎用旋盤も近くにない」などと、「基本技能の習得」は軽視されています。こうした弊害が、モノづくりに自ら携わり、さらに上を目指そうとしている若手技能者には実感としてよくわかるのでしょう。

 それでは、なぜこのような「基本技能の習得」、具体的にいえば「汎用機の体験」が必要なのでしょうか?

「基本技能の習得」は、実は基本技能そのものの習得を目的としているのではありません。基本技能を習得していく過程で、熟練の本質である「作業を進める概念」「自分と道具、ワーク、作業環境との関連の把握」「最終目標としての成果(仕上がり)のイメージ力」「作業の遂行プラン、『段取り』の構築力」などを身につけ、「モノづくりをトータルで把握することができる」ようになることを狙っているのです。

 実はこのような部分が、高度熟練技能の本質、すなわち高度熟練技脳者である由縁なのです。「ワークに対する捉え方」「作業を進める上での判断力」「作業の成果のイメージ力」「技能・仕事に対する姿勢」といったいわば技脳者の“脳”に相当します。この“脳”を、基本技能の習得を通じて作っていこうということです。

 技脳者育成の具体的方策
 基本技能の重要性に気づいたある企業では、事務系まで含めた新入社員全員に自社のモノづくりのルーツとして「やすりがけ」の実習をさせています。

 また、基本技能の重要性に気づいた多くの企業では、「技能検定」の積極的な受検を奨励しています。対象技能が実際のモノづくり現場における技能とは異なっていると受検に消極的な企業も世の中には見受けられますが、これらの企業では技能検定を「実際のモノづくり現場ではなかなか身につけることができない基本技能を身につけるよいチャンス」と捉えているようです。

 ある企業では「技能検定にチャレンジするメリット」として、「整理整頓が身につく」を第一にあげています。この「整理整頓が身につく」は、“考える技能者”の要件である「自分と道具、ワーク、作業環境との関連の把握」の第一歩でもあります。また、汎用機をもはや社内に残していなくても、まだ汎用機を所有している地域のポリテクセンターや技術専門校等の設備を利用することで、基本技能の習得を図っているケースもあります。日々の製造に関係する技能だけを重視してきたこれまでの技能者教育が、実際のモノづくり現場での技能の伸び悩みという問題に直面して、基本技能の重要性に気づきはじめた印といえましょう。

「当社では技能教育はしていません。技能者教育をしています」とある企業でお聞きし、とても感銘を受けました。いいモノをつくるのは技能でも、技術でもなく、あくまで「人」なのです。