著名者インタビュー
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2006/1-2
ヒトが積極的に設備・加工機械に関与し
技術の高技能化を目指せ


東京大学名誉教授・木内研究室代表
木内 学氏

1940(昭和15)年静岡県生まれ。63年東京大学工学部機械工学科卒業。68年同大数物系大学院機械工学専門課程博士課程修了後、同大生産技術研究所に33年間、塑性加工学・金属加工学の研究と教育に従事。専門分野はロール成形、圧延、押し出し、鍛造、引き抜き、矯正、半溶融加工、複合材料、人機能支援工学、法工学など。日本塑性加工学会会長、国際管財協会(ITA)会長、日本機会学会、日本鉄鋼協会、日本工学学会理事などを歴任。

 ヒトが積極的に設備・加工機械に関与し技術の高技能化を目指せ

 この10年モノづくりをめぐる環境は海外生産の進展やIT技術の進歩、デジタル化など大きな変化を遂げてきた。変化への対応が企業の存続、成長のキーとなる。今回は優秀板金製品技能フェアの審査委員長である木内 学東京大学名誉教授・木内研究室代表に、モノづくりの環境変化を踏まえ、「今後の板金加工の方向と課題、ヒトづくり」についてお聞きした。

 モノづくり大国・中国実態はモノづくり技術小国
―― まずモノづくりの現状をどのように見られていますか。

木内 日本はモノづくりで国が成り立っています。これは否定しようのない事実です。モノづくりは終わったという風潮が一時期ありましたが、今は、第3次科学技術基本計画の重点項目にも「モノづくり」が取り上げられようとしているなど、再び官民の注目が集まり、モノづくりの大切さが再認識されてきました。

―― モノづくりをめぐる環境の変化で、中国をはじめ海外の動向に目を離せなくなりました。

木内 最近は、一度は海外生産に移されていた製品を再び日本で製造する回帰現象が見られます。技術力を要する品質の高いモノはやはり日本にしかできなかったということです。中国は確かにモノづくり大国になりましたが、まだ技術小国なのです。利益追求という側面が強く、技術の向上と蓄積を図るポテンシャルはまだ低いといえます。成長分野に資本を集中的に投下し、利益を求めて資本が動き回っています。したがって技術が蓄積されず、つくることは上手だが、その中身は…というモノづくりになってしまうのです。

 技術と技能双方の高度化が競争力ある製品を生む
―― モノづくりの裾野を支えてきた板金加工も大きく変わってきました。

木内 技術の高度化が非常に進んできました。その背景には@加工機械の精度向上、A加工機械を制御するNC技術の向上、BCAD/CAMなど情報処理技術の進歩、C加工情報全体の統括・管理が可能になったことが挙げられます。

―― 技術が進歩する中、板金加工の課題をどのようにお考えですか。

木内 まずは技術の高技能化の推進が必要です。かつては技能の技術化が進められました。しかし技術だけでは、高度化するほど流動化、つまり海外に流出してしまいます。そうしないために、技術からさらに高度な技能を生み出すことが重要です。ヒトが主体的に設備に関与して進歩を目指すことにより、技術と技能双方が触発されて、らせん状に高度化することができます。

―― 高技能化のポイントは何ですか。

木内 技能と理論・原理・原則との融合です。現場を見ていると原理・原則を知らないために遠回りしたり、ときに誤った方法でことに当たっている場合があります。板金加工では曲げやせん断に関わる原理・原則を系統的に学ぶことが現場の技能アップにつながります。原理・原則と毎日の経験から生み出される知識が一緒になったときに高い技能が生まれるのです。

―― 技能の向上のバックボーンには理論が不可欠ということですね。その他の課題はいかがですか。

木内 情報武装の強化を図ることも今後の課題の1つです。情報取得力の強化なくして競争力の強化はあり得ません。そして、情報と技術・技能の融合を目指すのです。技術・技能がなければ高度な製品はつくれず、また情報がなければ競争力のある製品は生まれないからです。
 若手技能者の育成には最新設備の活用が必要
―― 世の中の流れとしてITの進歩とデジタル化があります。板金加工への影響について、どのようにお考えですか。

木内 板金はデジタル化が進んでいる分野です。今後板金加工がさらに進展すると、単品から多数部品を組み合わせた構造体へと、製品自体が変わってきます。その際により精緻な加工プロセスや数値シミュレーション、計測技術などが必要になりますが、これらもデジタル化の推進により可能になるものです。

―― 今モノづくり企業の大きな課題として技能者の育成があります。その方策についてお聞かせください。

木内 重要なことは、最新の設備といえどもヒトが積極的にその機能や動作に関与し、様々な試みを実践し、そこから新たな知識やノウハウがつくり出され、人が育っていくということです。先ほど言いましたように、ヒトと機械が一体となって、技能と技術を高め合うことが、人材育成の大きなポイントになります。特に若手技能者は、最新の設備に触れたり、先輩の熟練技能者が加工した製品を見ることがとても勉強になるのです。技術の進歩を体感できる環境が大切ですね。

―― デジタル化の時代にあって、現場ではベテラン技能者への対応に頭を悩ますケースが多く見受けられます。

木内 ベテラン技能者がデジタル化に順応できないのは、IT技術、デジタル技術が中途半端だからです。例えばベテラン技能者の加工がすぐに数値化されて表示されるような設備が出てくれば、自然と数値で覚えるようになるでしょう。自分の加工を数値でつかまえる手段がなかったから、手触りなどに頼るのです。ベテラン技能者の数値がわかれば、若手技能者は必ずこれを参考にして、より良いモノをつくろうとします。

―― 最後に中小製造業のヒトづくりについて、ご意見をお聞かせください。

木内 日本の高技能を支えているのは紛れもなく中小製造業です。本当に大切な技能には、もっと報いるよう、国の施策が求められます。また目下、技能者も含めヒトづくりの重要性が叫ばれていますが、その前に中小企業の育成がもっと重要です。企業が育たなければ人材も育ちません。ヒトづくりに励む中小企業の経営者を表彰する制度をつくるなど、中小企業をバックアップする仕組みの充実も必要です。