著名者インタビュー
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2006/3-4
コア技術で下請けから横請けへ
ヒトづくりは理念の提示が重要


東京都立大学名誉教授
 西村 尚氏

1938(昭和13)年東京都生まれ。63年東京都立大学工学部機械工学科卒業。73年工学博士。同大工学部機械工学科・同大学院工学研究科教授、同大評議員を経て、02年東京都立工業高等専門学校校長就任。現在は東京都立大学・東京都立工業高等専門学校名誉教授、日本塑性加工学会・軽金属学会名誉会員。専門分野は材料加工(プレス加工、チューブフォーミング、木材の塑性加工、超塑性)、構造物の強度(自動車車体の軽量化)。

 コア技術で下請けから横請けへ ヒトづくりは理念の提示が重要

 景気回復の兆しが広く感じられはじめ、中小製造業でも成長へ向け、雇用の拡大が視野に入ってきた。しかし雇用をめぐる環境を見ると、相変わらず人材確保と社員教育に苦労しているのが現状だ。今回は長く教育の最前線で学生の指導にあたってきた東京都立大学の西村 尚名誉教授に、当世の教育事情と学生を受け入れる中小製造業のヒトづくりについてお聞きした。

 本当のモノづくりは中小製造業が担う
―― バブル経済崩壊後の“失われた10年”で、製造業は業績の低迷が続き、国際競争力も低下したといわれます。しかし、日本のモノづくり力は本当に落ちてしまったのでしょうか。

西村 大手自動車メーカーを例にとると、研究者や技術者の数はまったく減少していません。しかし、その内容が変わってきました。大手のモノづくりは主にシミュレーションによりバーチャルの世界で行われ、プレスなどリアルなモノづくりをしているのは中小製造業というのが現実です。大手のアウトソーシングが進んだ結果、今や本当の技術力は大手から中小へと移りましたが、日本全体で見ると、モノづくり力は決して落ちていません。

―― しかしこの間、多くの中小製造業が倒産・廃業しました。

西村 確かに大田区でもピーク時は9000あった工場が今は5000に減少しました。賃加工をしていた多くの工場が中国との競争により、淘汰されたのです。しかし、残った工場には大手がわざわざ買いに来るコア技術があります。これをもっているところは強い。

 新入社員の給料は能力で差をつける
―― さてモノづくりを支えるのはヒトですが、昔に比べてそのレベルが落ちたと聞きます。そして、原因の根幹にあげられるのが学校教育です。

西村 実際に教育現場に長く携わってきた者として見ても、今の工業高校卒が昔の中卒レベル、そして学部卒が高卒レベル、院卒が学部卒レベルと昔より2、3年遅い印象です。多くの子どもがモノづくりを知らないし、興味もない。その大きな原因は日本の教育が入試に出ることしか一生懸命に教えないことにあります。例えばスプーンのつくり方など、入試には絶対に出ません。

―― 今の教育に対して、企業の不満も高まっています。

西村 「大学は卒業生の品質保証をしない」との批判があります。確かに供給者が責任をもつのが一般社会の常識です。また学生は日本語の文章も書けないし、大学は教養と専門知識を教えるべきだともいわれます。ただ本当に多様な学生が集まってくるのが現実です。中には将来フリーターを志望する学生もいます。大学は多様な学生に対して、目的別カリキュラムを組み、学生の興味と意欲を引き起こす必要があるでしょう。そして、実学と見られてきた工学部でも専門と実務の結びつきが弱くなってきました。この現状を是正するコース設定が求められています。

―― 例え学生のレベルが低くても企業の成長には新入社員の採用が不可欠です。しかし、中小製造業は採用難という問題を抱えています。その対策について、お考えを聞かせてください。

西村 先ほどモノづくりのコア技術は大手から中小へ移ってきたという話をしました。中小製造業はもはや“下請け”ではなく“横請け”的存在になり、大手と対等関係にあってもいいはずです。しかし中小企業のシェアは事業所ベースで99%、従業員ベースで80%なのに対し、付加価値では55〜60%と生産性が低い。このあたりの仕組みを変えられれば、中小製造業にもヒトが集まってくるでしょう。

―― 生産性を向上させて、給料を上げればヒトも集まるということですか。

西村 やみくもに給料を上げればいいというわけではありません。問題は入社時における新入社員の画一的な給料です。大手をはじめ日本の多くの企業が新入社員に同じ給料を支払う現状に対し、中小製造業は入社時から能力で給料を決め、優秀な新入社員には5割アップ位の給料を支払ってもいいのではないか。銀行や商社に就職するよりもモノづくりをした方が高い給料がもらえる。そういう環境は学生に対する1つのアピールになるはずです。
 技能を品質保証する新たな技能検定を
―― ようやく新入社員を採用できても、今度は企業での教育がまた難しい。どのような教育が中小製造業には望ましいでしょうか。

西村 最も重要なのは社長が明確なビジョンを社員に訴えることです。特に20代の若い社員には仕事の意味、何のためにこの業務を行うのかをよく説明する必要があります。これを理解しないと仕事がまったく面白くないものになってしまう。新入社員の5年以内の離職率が高い原因は、こうした仕事への説明不足にあります。

―― 仕事が面白くなれば、社員は成長し、企業にとってもプラスになります。

西村 モノづくりが社員の生きがいになれば、家庭に帰って家族にモノづくりの楽しさを伝えるでしょう。するとその子どももまたモノづくりの世界に入ってきます。子どもは親の背中を見て育つからです。入社後のなるべく早いうちにモノづくりの楽しさや感動を与え、将来に希望をもたせることが社長の務めになります。

―― 将来の希望とは具体的にどのようなことでしょうか。

西村 例えばモノづくりの高度な技能を身につけさせ、のれん分けさせることが考えられます。先輩から受け継ぎ、自分のものにした技能で一国一城の主になる。これも若者の夢や希望になり、モノづくりの魅力の1つになるはずです。

―― 企業だけではなく、国をあげて技能の伝承が課題になっていますが、この対策についてはどのようにお考えですか。

西村 現在、技能の有無を判断する基準として技能検定がありますが、時代にマッチしていない、古いという声を聞きます。大学が卒業生の品質保証をしていないという話をしましたが、同じことが技能検定にもいえます。もっと技術者・技能者に有用な検定基準を設ける必要があるでしょう。基準の作成は簡単ではありませんが、現場の意見を十分に採り入れることがポイントになります。

―― 検定が本当に技能を保証するものであれば、今以上に技能士を目指そうとする企業が増えるでしょう。

西村 技能士であることが1つのステータスとなれば、それを目標に社員は技能を身につけたいと考え、積極的に先輩技能者から教えを請うでしょう。そして企業はこれを基準に採用や処遇を決められます。中小製造業が取らせたいと思う新しい技能士制度の確立が望まれますが、その際には能力が維持されているかを確認するために更新制が必要でしょう。